
ご挨拶
2023年7月1日付で、東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科精神保健看護学分野の教授に着任いたしました谷口麻希と申します。
私のキャリアのスタート地点は保健所で、保健師として地域精神保健活動に従事していました。住民の方々から投げかけられる訴えは、「病気」という表現を取りながらも、「自分の価値を認めてほしい」「自分の人生に意味を見出したい」という人間存在に関わる根源的な問いであるように聞こえました。若かりし私は、そのような問いに答えを見つけたいと、カナダに先住民学を学びに行き、アルコールや暴力から回復するためのcultural healing campでインターンをしました。日本に帰国後は、「人間存在の問い」を実践へと翻訳する手段として、精神保健疫学や社会疫学を学びました。研究者としては、国際的な精神保健疫学調査(WHO World Mental Health Survey)や健康の社会的決定要因に関する地域疫学調査に携わり、経済学や社会学など、異なる分野の人々と研究する機会に恵まれました。現在は、逆境を体験した子どもたちがレジリエンスを発揮できる社会を実現するために、社会的養護に関する学際プロジェクトに着手しています。また、全国の急性期病棟から得られた診療データを用いて、統合失調症の身体合併症に関する研究を行い、精神科と他科との効果的な連携についても検討を進めています。これらの研究を通して、生きづらさを経験している人たちの人生に、肯定的な意味を生み出すきっかけを提供できる、そういう科学の未来を描きたいと考えています。
北米先住民の人たちは、人間には「身体 physical」「知性 mental」「感情 emotional」「スピリット(魂) spiritual」の4側面があると考えます。精神保健看護が対象とするのは、一義的にはmental、emotionalな領域であり、客観的・直接的な測定が困難と考えられてきました。しかし、近年では、脳画像、ゲノム解析やエピゲノム解析によって、精神疾患の背景要因を説明しようという試みが成功しつつあります。また、心身相関に関する神経伝達路の解明など、physicalとmental/emotionalを横断する研究にも期待が寄せられています。その一方で、spiritualな領域、言い換えるなら、自己を肯定し、自らの人生に意味を見出すことを助ける手法については、新たな研究手法や科学技術の適応が待たれています。この時代に、東京医科歯科大学の仲間に加えられ、コンバージェンス・サイエンスの創設に参与できることに、希望の光を見出しています。皆様よりご指導、ご支援賜りますようお願い申し上げます。