消化器系臓器、とくに肝、胆、膵の癌の発生、増殖、浸潤、転移に関する分子生物学的機構を解説し分子標的治療への展開を解説する。さらに、その診断と治療についての一般的及び先端的研究について解説する。肝移植の臨床、研究についても解説する。
消化器、とくに肝胆膵系悪性腫瘍患者の病歴、身体所見、画像診断、検査法とその意義について演習し、その診断検査手技を習得する。患者の病態と腫瘍の進展に応じた治療法、患者管理を習得する。肝移植については術前術後管理、手術手技を習得する。
消化器癌のなかでも肝胆膵領域の癌は一般に治療成績が不良であり、QOLも著しく低下している患者が多い。したがって、本領域の癌に対する先端的な治療法を考案し、臨床の場で実践されることが希求される。また、本領域の手術は高度な技術を要求されることも多く、術後肝不全などの重篤な合併症に遭遇することも稀ではない。肝移植においても、免疫抑制、感染、臓器保存などについて解決を迫られている多くの問題がある。このような諸問題の打開に向けた研究を行う。
厚生労働科学研究費補助金(肝炎等克服緊急対策研究事業):「肝癌早期発見を目的とした分子マーカーおよび画像診断システムの開発」平成20~23年度 研究代表者 有井 滋樹
肝切除後の再発症例の遺伝子発現解析から、非癌部のCYP1A2の低発現が再発にかかわることを見出し、ティッシュマイクロアレイのよる前向き検証によって証明した。GSEA解析の結果、CYP1A2は酸化ストレスによって発現が抑制されることが示され、酸化ストレスと発癌の関連性を示唆する知見であるとともに、発癌、多中心性再発の分子マーカーであると考えられた(Hepatology 2011)。 Tanaka S, Mogushi K, Yasen M, Ban D, Noguchi N, Irie T, Kudo A, Nakamura N, Tanaka H, Yamamoto M, Kokudo N, Takayama T, Kawasaki S, Sakamoto M, Arii S. Oxidative stress pathways in noncancerous human liver tissue to predict hepatocellular carcinoma recurrence: a prospective, multicenter study. Hepatology 2011;54(4): 1273-1281.
肝癌外科切除標本の癌組織、非癌部組織を用いたDNAマイクロアレイ・プロファイリング解析の結果、致死的再発に関わる遺伝子として分裂期キナーゼAurora kinase B(ARKB)を同定した。高精度CGHマイクロアレイによる解析で、ゲノム不安定性と有意な相関を認めた。患者予後及び致死的再発に関する因子について臨床病理学的事項を含めて解析した結果、ARKBがもっとも有意な独立因子であった(Br J Surg 2008)。またARKBが肝癌の門脈浸潤に深く関わることも判明した (Surgery 2010)。以上の結果はARKBが分子標的になりうることを示唆するものであり、製薬メーカーとの共同研究によりARKB阻害剤による肝細胞癌治療の前臨床試験を行った。その結果、本阻害剤がヒト肝癌細胞株の増殖をARKBの発現に相関して抑制すること、ARKBの気質であるクロマチンタンパク質ヒストンのリン酸化を阻害すること、細胞核分裂が生じるにもかかわらず細胞質分裂を阻害し、細胞死に至らせることなどが明らかとなった。さらにマウス肝腫瘍モデルにおいて腫瘍増殖を抑制することが示され、新しい分子標的薬としての応用が期待されている(J Hepatol 2010) Tanaka S, Arii S, Yasen M, Mogushi K, Su NT, Zhao C, Imoto I, Eishi Y, Inazawa J, Miki Y, Tanaka H. Aurora kinase B is a predictive factor for the aggressive recurrence of hepatocellular carcinoma after curative hepatectomy. The British journal of surgery 2008;95(5): 611-619. Tanaka S, Mogushi K, Yasen M, Noguchi N, Kudo A, Nakamura N, Ito K, Miki Y, Inazawa J, Tanaka H, Arii S. Gene-expression phenotypes for vascular invasiveness of hepatocellular carcinomas. Surgery 2010;147(3): 405-414. Aihara A, Tanaka S, Yasen M, Matsumura S, Mitsunori Y, Murakata A, Noguchi N, Kudo A, Nakamura N, Ito K, Arii S. The selective Aurora B kinase inhibitor AZD1152 as a novel treatment for hepatocellular carcinoma. Journal of hepatology 2010;52(1): 63-71.
肝癌の肉眼形態(単純結節型、単純結節周囲増殖型、多結節融合型)が予後に深くかかわることを臨床検体によって検証し、それらの遺伝子発現プロファイルをDNAマイクロアレイにて解析した。その結果、予後不良な肉眼形態である多結節癒合型では、幹細胞マーカーの1種であるEpCAMの高発現を認め、かつ有意な予後規定分子であることを明らかにした。現在、抗EpCAM抗体による分子標的治療に関する研究を進めている。 Murakata A, Tanaka S, Mogushi K, Yasen M, Noguchi N, Irie T, Kudo A, Nakamura N, Tanaka H, Arii S. Gene expression signature of the gross morphology in hepatocellular carcinoma. Annals of surgery 2011;253(1): 94-100.
癌細胞は一般にプロテアソーム活性の異常亢進を認めるが、幹細胞はプロテアソーム依存性が低いことが知られている。我々は、低プロテアゾーム活性を可視化するレトロウイルスベクターを構築し、ヒト膵癌細胞に導入した。その結果、癌幹細胞の特性を有する細胞群が抽出され、強い抗がん剤耐性を示すことが明らかとなった。細胞イメージアナライザーを用いて、癌幹細胞に対して選択的な殺細胞効果を示す薬剤スクリーニングを行ない、候補薬剤を同定した。候補薬剤を用いた前臨床試験によって腫瘍抑制効果を確認した。 Adikrisna R, Tanaka S, Muramatsu S, Aihara A, Ban D, Ochiai T, Irie T, Kudo A, Nakamura N, Yamaoka S, Arii S. Identification of Pancreatic Cancer Stem Cells and Selective Toxicity of Chemotherapeutic Agents. Gastroenterology 2012, in press.