
ご挨拶
このたび、平成31年4月1日付で細胞生理学分野教授を拝命いたしました礒村 宜和と申します。何卒よろしくお願い申し上げます。私は平成8年に大阪大学医学部医学科を卒業いたしました。高校生の時からの夢であった脳機能の仕組みの解明を志して、京都大学大学院医学研究科の川口三郎先生と加藤伸郎先生に師事し、平成12年にラットの脳切片標本をもちいた海馬のシナプス可塑性と細胞内カルシウム動態の神経生理学研究で博士号を取得いたしました。その後、日本学術振興会特別研究員として東京都神経科学総合研究所の高田昌彦先生と南部篤先生に師事し、ニホンザルの認知および運動発現に関与する帯状皮質運動野の機能的スパイク活動の研究を進めました。大脳皮質のスパイク活動に呼応して動物が行動を発現する様子をリアルタイムで観察するというとても楽しく刺激的な日々を過ごしました。ところが、ちょうどその頃、霊長類を動物実験に使用することが困難になった時期があり、将来の方向性を悩んだ挙句、げっ歯類を使った新しい神経生理学の潮流を本場の米国に学びに行くことを決心しました。平成15年、海馬オシレーション活動の研究で高名なニュージャージ州立ラトガース大学ニューアーク校のジョージ・ブザーキ先生のもとで、ラットの海馬や大脳皮質や嗅内皮質の神経細胞の膜電位変化を細胞内記録法で計測し、海馬オシレーション活動の伝播の仕組みを探る研究に従事いたしました。ブザーキ研究室の自主性と協調性を引き出して研究成果につなげる雰囲気は、その後、私の研究室の運営方針の理想像になっています。
平成17年に帰国して、理化学研究所脳科学総合研究センターの深井朋樹先生の研究チームに所属し、ラットの大脳皮質運動野の局所回路機能に関する研究に取り組みました。特に独自の実験技術の開発にこだわり、当時は極めて困難と考えられていた頭部固定下でのげっ歯類の前肢を使う行動課題を試行錯誤の末に確立し、対象細胞を可視化できる傍細胞(ジャクスタセルラー)記録法と組み合わせて、運動野の神経細胞を可視化同定して機能的スパイク活動を解析する研究を成功させました。このとき初めて、運動野の抑制性細胞は運動発現を抑制するのではなく協調制御するということも見出しました。この手法は、大脳基底核の直接路と間接路の機能的情報の相違を調べる研究にも応用しました。深井チームでは神経科学における理論的な考え方の大切さを学ぶこともできました。平成22年、玉川大学脳科学研究所に教授として着任し、ラットの運動野の研究を大脳皮質や大脳基底核全体の仕組みと働きの研究に発展させることを意識してきました。そのなかで、マルチユニット記録法と光遺伝学(オプトジェネティクス)を組み合わせて、スパイク・コリジョン試験を効率よく実施し、記録細胞の投射先領域を同定するという新技術マルチリンク法を考案するに至り、現在も開発改良を推進しています。昨年には、大脳基底核の直接路と間接路が行動選択に果たす役割を解明し発表いたしました。これらの研究成果は、多くの共同研究者、研究室スタッフ、事務職員などの皆様のご支援の賜物と心より感謝しています。
私の使命は、神経科学の5年後、10年後、20年後をしっかり見据えて、一時的な流行の後追いではなく、神経科学上の重要な解明や発見に将来結びつく独自の研究活動を展開することです。そのためには、神経科学に素直な興味をもち、研究目標を主体的に設定して研究内容を合理的に企画し、失敗を恐れずに実験や解析に日夜取り組む、志の高い基礎系研究者の人材の発掘と育成が極めて重要だと考えております。医学部生には、科学の原点である好奇心と楽しさが伝わるように、神経科学や生理学の医学知識を提供いたします。大学院生には、学問の進め方を自らの成功と失敗の体験の繰り返しで学ぶとともに、社会に対する研究者としての大切な責務を身に付けてもらいます。学内の基礎系・臨床系の先生方と緊密に連携を図って、研究および教育に精一杯の力を尽くす所存です。今後ともご指導ならびにご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。